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2005年10月14日
クミ・ナイドゥー「国連サミットをふり返って」
世界中の多くの市民社会組織が、ニューヨークに代表を送り、大きな期待が持 たれる世界サミットにおいて、各国の代表団に対して断固たる行動を取るように 働きかけた。しかし、この世界のリーダー達が集まる過去最大の会合は、貧しい 人々を裏切るものであった。G-CAPはこのサミットで下された決定に対して 深い失望の意を表明した。出所:シビカス(CIVICUS)
シビカス事務局長、G-CAP(グローバルな貧困根絶運動)議長クミ・ナイドゥー(Kumi Naidoo)
写真:2005年9月10日ニューヨークの労働者の日のパレードで、ホワイトバンドを配るクミ・ナイドゥー。撮影者:ジェローム・ミン(Jerome Ming)。
世界中の多くの市民社会組織が、ニューヨークに代表を送り、大きな期待が持たれる世界サミットにおいて、各国の代表団に対して断固たる行動を取るように働きかけた。途上国から数多くの活動家が、そして先進国からその支持者が、共通の期待を胸に国連に集まった。世界の富裕な国々が、最も貧しい国々に影響を及ぼしている問題をかみしめて熟考してきたのだと。今回の世界サミットは、それを飲み込み、行動を起こす時でなければならないのだと。
しかし、世界のリーダー達が集まるこの過去最大の会合は、貧しい人々を裏切るものであった。91の各国の国内連合と、途上国からの何人もの政治指導者が集う、グローバルな貧困根絶運動(G-CAP)は、このサミットで下された決定に対して深い失望の意を表明した。
世界のリーダー達は、貧困との闘いと、持続可能な人間開発に向けた明確な措置を取る、歴史的なチャンスを逃してしまった。代わりに彼らは、古い約束をリサイクルし、焼き直し、繰り返しただけであった。
新たに米国の国連大使に着任したジョン・ボルトンが、同国がミレニアム開発目標(MDG)に署名しないと主張したことで、この5年を経たMDG(ミレニアム開発目標)について、言及するだけでも物議を醸すようになってしまった現状を、世界は失望を持って目撃することとなった。
さらに、貧困レベルが悪化しているにもかかわらず、MDGの実現に関する実績が乏しいことに対して、各国政府が真剣に説明責任を持つようにさせる公約も、ないままである。ちなみにG-CAPは、MDGを最小主義的開発目標(Minimalist Development Goal)と見なしている。
また、2005年までに普遍的初等教育を達成するというMDGの最初の目標を、実現できなかったことに関する確認がなされるべきであるにもかかわらず、同サミットの決議には含まれていなかった。切迫感もなく、世界をMDG達成の軌道に戻すための行動計画やきちんとした資金調達の戦略も提案されなかった。
同サミットでは、米国政府の強い主張によって、開発に国民総所得の1%以下――たった0.7%――を提供するという先進国が35年前にした約束を、後退させることとなった。
現在、先進国のうちたった5カ国だけが、この義務を果たしている。また英国政府は、MDGが達成されるべき年の2年前である2013年までに、この目標を達成すると約束している。いまや先進国側はこの約束を、公正な行為として、また植民地支配・奴隷制などの過去の人道に対する罪に対して歴史的に対処するための行為としてではなく、善意による任意行動として読み取るようになった。援助の質の問題も、緊急に取り組まれることはなかった。
最も貧しい国々の債務帳消しを求める声について言うと、貧困克服に取り組む活動家が国連に対して訴えた要請は、無視された。彼らは、国連がG8での債務に関する取り決め――G-CAPはこの取り決めを「正しい方向とはいえ遅ればせながらの小さな前進」と表現している――をさらに進めて、より多くの国々を対象とすることを要請した。また、債務帳消しの総合的政策が貧しい国々に押し付けることになる、対象国を弱体化させるような条件付けを、廃止することを要請していた。
今回の国連サミットでは、グレンイーグルズのG8サミットと同様、世界貿易システムを平等と公正の性質を持ったものにしていくための決定を下すことができなかった。貿易の公正が実現できなければ、私達は貧困から抜け出す持続可能な道筋を見つけることはできないだろう。
核軍縮、国連改革、気候変動、教育と健康などの人間開発の特定分野について言うと、今回の国連サミットでの決定は、よくて半歩前進、2歩後退といったところだ。サミットの決定は、特定の国々が、平和と公正を求め一日5万人の死に終止符を打ちたいと求める大多数の人々を、抑えることができるのだということを、裏付けるものとなった。この一日5万人の命は、非人間的な貧困の結果、予防できる原因によって失われているのである。
これは国連が世界の貧しい人々を失望させたということだろうか? 答えはイエスでありノーである。もし「国連」が国連事務総長とそのスタッフ、世界の政府の大多数を指しているのだとしたら、答えはおそらくノーであろう。もし「国連」がこの世界機関の公式な決定を指しているのだとしたら、実際みじめなほど人々を失望させたことになる。
現在のグローバルな文脈の中では、環境、貿易、債務、経済問題、テロリズム、安全保障といった問題を取り巻く実際の権力に対して、各国レベルだけでは取り組むことができない。このような状況の中では、世界銀行、IMF(国際通貨基金)、国連などの政府間組織の仕組みにもっと注意を払う必要がある。 各国レベルから世界レベルに権力が移行していることから、これらの強力な機関の「民主主義の欠如」の解決に確実に取り組むことが、優先事項となっているのである。
国連、世界銀行、IMFなどの世界機関は、世界中の一般の人々の生活に関して強い権力を握っている。このためこれらの機関は、人々に対して説明責任を果たすべきなのである。ここに「民主主義の欠如」という難問がある。世界中の人々の生活と福利に影響を与える決定――貿易ルール、知的所有権、マクロ経済の構造改革、生活に不可欠なサービスの民営化、債務帳消しに関する決定――は、ますます秘密裏に行われるようになっている。これらの決定は、影響を受ける人々に直接的な説明責任を負わず、市民の声を反映させることができない機関によってなされるようになっているのである。
今回のサミットそのものに対する市民社会の参加は、非常に制限されていた。多くのロビー活動の結果、3人の市民社会からのスピーカーがサミットで演説することになった。ソーシャル・ウォッチ・フィリピン(Social Watch Philippines)およびG-CAPアジアのレオノール・ブリオネス(Leonor Briones)、南米のフェミニスト活動家であるジーナ・バルガス(Gina Vargas)、国際自由労連(International Confederation of Free Trade Unions)の事務総長書記長でありG-CAPのスポークスパーソンの一人であるガイ・ライダー(Guy Ryder)である。ジーナとガイが国連総会で演説したときには、サミットの成果文書はすでに採択されており、ほとんどの代表団は会場を後にしていた。公式プロセスの中で市民社会からのアドバイスを得るために、6月に市民社会審問が行われたが、これらのサミット前審問で表明された市民社会の見解が、真剣に考慮された形跡はなかった。しかし、いくつかの政府代表団は、市民社会活動家を含んでおり、このことは交渉がどのように進んでいるかについての情報伝達に非常に役立った。全体としては、その憲章が「われら連合国の人民は…」で始まる組織にしては、市民社会の参加はひどく限られたものであった。
国連などの、近年ますます影響力を強めている多くの世界機関は、私達が現代に見るのとはかけはなれた文脈において創設された。いまだに、国連の統治機構は1945年の地政学に支配され続けている。国連は、現代世界において市民が直面している現実には沿わないルールと論理に基づいて運営されているようだ。このことを、私達は認める必要がある。 正当性の欠如に加えて、国際システムが運営される方法には首尾一貫性の欠如も見られる――財務大臣はIMFと世界銀行に、外務大臣は国連に、貿易担当大臣は世界貿易機関にすっ飛んでいく。全てが分離されたままなのである。このシステムを、より首尾一貫した、説明責任を果たせるものにする必要がある。 しかし全てのうち最大の欠如は、順守の欠如といえる。過去の実績のとおりであれば、多くの政府は今回の国連サミットで行った限られた約束でさえ、自国の首都に戻った頃には忘れてしまっているであろう。これらの費用のかかるサミットが、弱く、臆病な、熱意のない決定を下しただけでなく、これらの中途半端な約束さえも、いつものように実行されないなどということは、受け入れがたい話である。
今回は、高まりつつあるグローバルな貧困克服のための運動が、より公正で、公平で、安全な世界を作るのに必要な勇気ある決断を要求し続けるだろう――そして例えて言うならば、この運動が、各国政府が過去に行った約束や今回のサミットで行った約束をこれ以上守らないことのないように、彼らの「足元に火をつけ」続けるだろう。
しかしまだ、口に出せていない話がある。私達が、透明で公正・公平な意思決定のための世界的システムを作ることを話すとき、口にするのを避けていた話がある。それは、現在の米国政府である。例えばジョージ・ブッシュ大統領は、現在の貿易システムは貧しい国々にとって不公平だと認め、他の富裕な国々がそうするならば米国も貿易を歪める補助金を廃止する意思がある、と述べている。
しかしこの立場は、さらに大きな難問を明確に示している。私達は、唯一の超大国が存在する世界に住んでいる。この超大国はいくつもの出来事において単独的に行動する傾向を見せてきた。この超大国はまた、同国の利害にかかわると判断した課題に直面したときには、強力な政治的意思を示してきた――大衆の支持を得られない戦争や、法的な正当性に欠ける戦争のために、何千億ドルも動員するし、ついでに言えば、イラクの全債務300億ドルを確実に帳消ししたりもする。
私はブッシュ大統領にこう言いたい。大統領、今回は貿易の公正というこの重大な問題について、恵み深い一国主義とリーダーシップを発揮していただけるとありがたい。もしあなたが米国の補助金を廃止することが公正だと考えるのならば、オロオロと他の国々がそうするのを待たずに、どうぞ廃止していただきたい!!
米国政府は、自国の国民と世界の人々を失望させている。もし国連への米国代表団が、具体的な世界の貧困克服の方法、完全な男女平等、核軍縮を実現するための議論を力強く展開し、現在・将来の世代のために環境保護を行う一連の緊急対策を提案したならば、今回のサミットはまったく違ったものになっただろう。
米国市民の大多数は、米国政府が、その収入の10~15%を国際開発に使っていると考えている。しかし米国政府はたった0.19%しか使っていないというのが、悲しい現実である。国連は、もっと効果的に世界の貧しい人々の役に立つことができるし、そうするべきである。しかしそれは、最も富裕で強力な国々とその友好諸国が、国連がこの約束を達成するのを可能にするか否かにかかっているのである。前向きに見れば、米国市民とその他の富裕な国々の市民は、世界的な連帯の重要性に対する理解と、共通の世界市民としての意識と、寛大さにおいて、自国の政治家よりもよほど先を行っているということを、何度も示している。
ハリケーン「カトリーナ」と「リタ」が与えた恐怖が、米国政府をさらに内政に向かわせるのではなく、富裕な国々・貧しい国々における貧困が、市民にとって何を意味するのか――それは不自然で予防可能な、残酷なものである――という現実を、痛感させるものとなったことを願おう。
もし国連を構成する国々の一部、特に経済的その他の面で最も強力な国々に、政治的意思があれば、国連は貧しく声をあげられない人々の利益にかなう能力を持っている。しかし、国連や、世界銀行・IMFなどその他の世界機関が、より公正で、平和で、公平で安全な世界を作ることができる政策を決定していくようにするには、これら世界機関の統治を民主化することに緊急に取り組む必要がある。
あなたの意見、提案を、kumi@civicus.orgまでお寄せいただきたい。
連帯をこめて
クミ・ナイドゥー
原文:
Global Call to Action Against Poverty
Fri Sep 30 2005
Reflections on the United Nations Summit
http://www.whiteband.org/specialIssues/UNP5/unp50/gcapnews.2005-09-30.4602183211/en
(翻訳;オルタモンド翻訳チーム)
投稿者 ほっとけない*** : 2005年10月14日 03:06

